さくら さく −01−
じゃりっ…じゃりっ…
重そうな足音を立てながら、
土方は歩いていた。
周囲の人間がそれとなく道を空ける中、
これでもかというほど眉をひそめて
実に不機嫌そうに歩いている。
(あー…クソッ)
土方が任務外で外出を、
しかも街中に繰り出すのは
あまり見られる光景ではなかった。
近藤と山南、
そして土方の三人で行っていた、
『大幹部会議』。
それは土方にとって
決して居心地のいい空間ではなかった。
逃げるようにして立ち去り、
沖田を振り切って
気づいたらここまで来てしまっていたのだ。
道行くものが、
皆わざとらしく
土方の姿を見ては目をそらす。
ある意味慣れているそんな状況に
うんざりとした土方が
チッと舌打ちを打ったとき、
ふと目に入った光景に足を止めた。
「あそこは確か…」
それは先日、
不逞浪士をかくまっているらしいという理由で
捜索をした旅籠だった。
調べの通り中からは
幾人かの長州、土佐藩の浪士が見つかり、
その後営業停止となっていた。
その誰もいないはずの旅籠の前に、
一人の女が立っている。
(…なんだァ?)
関われば面倒なことになるかもしれない。
しかし一派の関係者となれば、
見過ごすわけにはいかない。
「…おい」
土方の声に対して
女は何も反応しない。
ばつが悪そうに前髪を掻きあげると、
今度は先程より強い口調で問いかけた。
「お前、ここで何してる」
ようやく声に気づいた女が振り返り、
自分を見下ろしている土方を見据えた。
「…私ですか?」
振り返ったその顔はどこか幼く、
女というよりは少女のようだった。
想像していた姿とは違い、
一瞬言葉を呑む土方に、
少女は不思議そうに首をかしげている。
「ここは、
以前私が働いていた旅籠です」
少女が突然口を開いたのに
はっとし、
土方は我に返る。
「今はもう、営業はしていませんが…」
話しながら、少女の目線は
目の前の旅籠を通り越して、
どこか寂しそうに、遠くを見ているように見える。
しかし、ここで働いていたならば、
少なからず主人や番頭に
関わっていたことは確かだ。
「不逞浪士をかくまっていた件で
取り潰しになったことは知っているな?」
「……はい」
核心に触れる土方の問いに
一瞬、大きな反応を見せた少女だったが、
すぐに落ち着いた口調で、
静かに肯定した。
「女中なら何か聞いていただろう。
今回の件で、
知っていることはないか」
「……」
そう聞かれた後、少女は口を噤んでしまった。
胸の前でぎゅっと拳を握り、
やっと聞けた言葉は
大方予想通りのものだった。
「いいえ、何も…」
唇を噛みしめて
悲痛に顔をゆがませる姿を見て、
この少女は本当に
何も知らされていなかったのだと知る。
小さくため息をついた土方が
ふと目線を下に向けると、
少女の手にしていた
荷物が目に入った。
「で、お前はお里に帰るのか」
土方の視線に気づいた少女は
自嘲気味に苦笑して、
いえ…と首を振った。
「当てはないのか」
「家族はいません。
一人になってから、
番頭さんに拾われて以来
こちらで住み込みで
働かせて頂いていたものですから…」
どこか控えめに、ぽつぽつと身の上を話す。
いわば少女は天涯孤独の身。
それが信じていた主に裏切られて、
どれほど辛いことだろう。
「ですから、これから新しい奉公先を
探すつもりです。
その前に、お世話になったここを
一目見ておきたくて…」
しかし少女は既に明るい表情を浮かべていて、
新たな生き方を見つけようとしている。
そんな少女に
ここで土方が干渉する必要はないが、
彼にも考えが全くないという
わけではない。
「お前、前の仕事は何だったんだ」
やぶから棒な質問に
聞かれた少女はキョトンとするが、
何のためらいもなく、
「厨房で、お料理を担当していました」
それを聞いた土方は
しばし考え込んだ。
「お前を使ってやれねェことも…
ねぇ」
「え?」
「野郎ばっかだが、
お前にその気があるんなら
奉公先を紹介してやる」
「!!」
行くあてもない少女にとっては
またとない話。
どうしようかと考えていると、
その様子を見ていた土方は、
「別に売り飛ばしたりしねぇよ」
そう言ってニヤリと笑った。
「!!
そ、そんなこと思ってません!!」
とんでもないことを言い出した土方に
少女が大慌てで否定する。
慌てふためく少女を見て土方は
クッと喉の奥で笑った。
「お前、名は?」
なおも笑い続ける土方に
困った様子の少女だったが、
ふと顔を上げると
柔らかく微笑んだ。
「…」
「と申します」
ふわりと微笑みながら、
しかしはっきりと名を告げたその姿に
土方は感銘を受けた。
(厄介なことに
なっちまったかもな…)
顔を覆いながら苦笑した
土方の表情は
には見えない。
「…着いて来い。
話はそれからだ」
そう言って
すたすたと歩き出した土方に
は一人、立ち尽くす。
「さっさと来ねェか!!」
「は、はい!」
大きな声に驚いただったが、
置いていかれまいと
パタパタと必死で後を追う。
後ろから聞こえる
の小さな足音に、
ふーっと長いため息を吐いた土方は
ガリガリと頭を掻くのだった。
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読んで下さってありがとうございました^^
けれど土方さんが
土方さんじゃないです、ね…(汗)
初対面の女の子に
やすやすと笑顔見せちゃってます;
土方さんファンの方には
申し訳ないことになってしまいました;
Up Date 2005.3.17