The Answer
(………)
いつもより遅めの朝、校門前にて
ぐっと前を見据えて立っているのは向日。
立ち尽くす彼を、
他の生徒が不思議そうに見ながら追い越していく。
やがて唇を噛みしめて、
向日は意を決したように足を踏み出す。
(…何ビビってんだよ、俺)
本日9月12日。
昨年までならば、向日は胸を張って堂々としていた日だ。
何日も前から今日という日を伝え回って、
当日は満面の笑みで両手を差し出す。
周囲からうるさいと言われるほど
主張の激しい向日だったけれど、今年は違っていた。
「…なんで俺が、あいつなんかのことで」
思わず声に出すと、
煮え切らない思いがふつふつと溢れ出てくる。
ここ数日の向日は、
たった一つのことで悶々としていて。
いつもの跳ねるような足取りはなく、
教室へと向かう道をトボトボと歩いていた。
「――っ!?」
と、突然肩を叩かれ、思わずビクリと震わせる。
ほんの少しの期待を込め、
恐る恐る振り向くと――
「…なんだ、侑士か…」
目の前に現れた人物を見て、
無意識に声のトーンを落とす。
「なんやて、そら随分やな」
露骨に失礼なことを言われた忍足は多少眉を顰めたものの、
特に気にした様子も見せずに
手にしていたものを差し出した。
「誕生日、おめでとさん」
ホレ、と差し出された袋を受け取って、
そこでやっと向日は思考を取り戻す。
「あぁ、サンキュ」
「なんや、もっと嬉しそうな顔しぃや」
「…べつに」
ぷいっと目をそらし、口をへの字に曲げる向日。
拗ねたような表情の向日に
忍足はふぅんと口元を吊り上げて、
「……誰を待っとんの?」
「!!」
耳打ちでもするかのように静かに聞けば、
向日はボッ! と火がついたように顔を赤らめた。
「誰も待ってねーよ!」
ニヤニヤと笑みを浮かべる忍足の顔が悔しくて、
向日は声を荒げた。
その大声に周囲の生徒が何事かと振り返る。
「もう行け!」と追い払われた忍足は一度背中を向けて、
もう一度戻ってきた。
「何だよ!?」
「ちゃん、朝一番に来てんで」
「――!」
そう言って、ひらひらと手を振りながら忍足は去って行った。
(……)
心の中で呟いて、その少女のことを思い浮かべる。
向日の中の彼女は、いつも笑顔だ。
誰とでも仲がよくて、優しくて。
そんな彼女だから、きっと。
今日のことを伝えれば喜んで祝ってくれるだろう。
でも……
「はぁぁ〜〜っ」
あれから退屈な授業が終わり、昼が過ぎ、
気づけば放課後。
半日、晴れない気分で過ごしていた向日は
今日幾度めかのため息をついた。
今日は部活がない。
とはクラスが違うから、
このまま顔を合わせずに一日が終わってしまうのかもしれない。
(らしくねぇよ、こんなの)
屋上の通気装置へと向かう階段。
お気に入りでもある、
校内で一番高いところにあたるそこへ腰を落とした。
両手を組んで、そこへ頭を乗せる。
言ってしまえば、いいのに。
「誕生日なんだ」
「おはようじゃねーよ、おめでとう、だろ!」
「プレゼントよろしく」
「なぁ…なんか今日忘れてねぇ?」
いつものように、軽い口調で言ってしまえばいいのに。
テニス部の皆やクラスの女子には言えていた言葉が、
だと思うとどうしても言えない。
こう言ったらあいつはどんな顔をするだろうとか、
どう思うだろうとか、
どう返してくれるだろうとか……。
今までは思ったことをすぐ口にしてきて、
それで敵ができてもかまわないと思っていたのに。
他の奴とあいつでは、何が違うんだろう。
今まで自分は、彼女にどんな風に接していた…?
キィ…と重い音がして、誰かが入ってくるのを感じた。
向日はゆっくりと顔を上げて、
扉のほうへと身体を傾ける。
階段の上からそっと見下ろして、
近づいてくる影を確認しようとしたら。
「っ、向日君…」
向かい風に髪の毛を抑えながら
自分を見上げているのはだった。
「今日、全然会えなくて…あの、これ」
階段の下へとやってきたは、
胸元に大切そうに抱えていた赤い袋を差し出した。
「お誕生日おめでとう。遅くなってごめんね?」
どこか困ったように笑いかける。
通気装置が壁になっているおかげで
風が遮断されたのか、顔に張り付いた髪を払う。
「何、お前知ってたの?」
向日が顔を上げる。
「うん…忍足君に聞いて」
「………」
日は、もうすぐ落ちようとしていた。
「えっと、あの…」
黙り込んでしまった向日に、
不安になったが声をかける。
向日は再び、絡めた両手の上に頭を落として呟いた。
「遅っせぇよ…」
「えっ?」
「もっと、早く来いっつーの!!」
顔を伏せたまま、向日が叫んだ。
その剣幕に、がビクリと肩をすくめる。
「ご、ごめんなさい!ほんとに…」
おろおろとうろたえながら、は45度に頭を下げる。
一日も終わりかけているこんな時間にやってきて、
もう遅いと怒られているのだと。
困惑するが
必死に謝罪の言葉を述べるのとはうらはらに、
向日はこぼれる笑みを抑えていた。
自分は今まで何を悩んでいたのだろう。
いくら考えてもわからない難しいことが、
を見つけた瞬間全部吹き飛んでしまった。
それは思っていたより簡単なことで。
コイツを目にして一番最初に思ったこと。
きっと、それが「答え」なんだ。
「明日…」
「え?」
「明日、ゲーセン付き合うっつーんなら……
許して、やる……」
我ながら、自分勝手な言い分だと思う。
本当は嬉しいくせに素直になれなくて、
その上欲張りで。
(これじゃガキじゃん、俺…)
でももう、自分の気持ちに気づいてしまったから。
少しだけ顔を上げると、と目が合ってしまった。
ドキリとして瞳を逸らそうとした瞬間、
「うん!」
は向日の瞳をしっかりとらえて、
花のような笑顔を咲かせた。
「〜〜っ!!」
予想だにしない不意打ちに、
全身の体温が上がっていくような気がした。
ただ笑っただけなのに。
嬉しそうに笑っただけなのに。
「あ〜〜っ!くそくそ!!」
たまらなくなって、
だんだん! と足を鳴らす。
勢い任せにわしゃわしゃと掻いた頭は
髪なんかボサボサで、
きっと顔は真っ赤だ。
「むっ、向日君?」
ほら、こんな風にお前が俺を呼ぶのとか、
俺に笑いかけるのとか。
他のヤツならなんともないことでも、
お前だと思うととたんに照れくさくなって。
何かする度に気になったり、
頭から離れなかったり。
そういうのはきっと全部。
たったひとつの答えに
つながるんだ
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がっくん誕生日おめでとう〜〜!
彼は見た目はかわいいですが、とても男らしい子なのではないかと思うのです。
なので男の子っぽさを意識して書いてみました。
あと気持ち、ちょっと子供っぽく…。
そしてヒロインさんが出てなくてスミマセン…;
はたしてこれは夢と言えるのだろうか?(汗)
Up Date 2007.9.12