きっかけと
口実と
つきよよし
穏やかな日差しが入り込む
氷帝学園、テニス部の部室。
開いた窓からは
柔らかな春の風と、
部員たちの
覇気のある声が聞こえてくる。
そこにたった二人きりで
机に向かっているのは、
部長の跡部とマネージャーの。
「…準レギュラーはダブルスの強化、
一年の指導は俺が当たる」
すらすらと発する跡部の言葉を
はノートに書き込んでいく。
部活の合間の数分。
それは跡部との、
練習メニューを組み立てる
ミーティングになることがある。
それでも部活の時間を割いているのだから、
早く戻らなければという気持ちは
二人にもあるのだけれど。
「じゃあ、これで決定ね」
パタン、とノートを閉じて
が席を立ちあがる。
机上の荷物を整理して、
戸締りを終えてから部屋を出るのが
いつものパターン。
はそのつもりで
いそいそと支度を始めるが、
なぜか今日は
跡部が一向に席を動かない。
「…跡部くん?」
気づいたが
行かないの?と声をかける。
跡部は、
「せわしない女だな」
と、前髪をかきあげると
深く椅子に腰掛けた。
「もったいねぇと思わねぇか?」
「え?」
ふと問われた
言葉の意味がわからずに、
は小首を傾げる。
すると跡部はそんな彼女を一瞥し、
視線を窓へと移す。
「…?」
頭の中に疑問符を浮かべながら
が窓辺へと近づくと、
そのとたん、風が一気に吹き抜けた。
「ひゃ…!わっ……!?」
ぶわっと正面から風が吹いて、
はためくカーテンと
強風に煽られたは、
よたよたとよろけながら
後ずさりする。
「バーーカ」
そんなの後ろで、
椅子に座って手足を組んでいる跡部。
「もう!跡部くん、
こうなることわかっててやったの?」
口の端をつりあげて
皮肉めいた笑みを浮かべる跡部に、
がムッとして言い返す。
しかしこの少女に睨まれたとて、
怖くもなんともない。
「窓、閉めとけよ」
面白そうに自分を見ている跡部に、
むーーっと口をへの字に曲げながら
ぱっぱっと前髪を直す。
すると、手の間をすり抜けて
ひらり、と落ちる何かに気がついた。
薄桃色の、
小さくて柔らかなそれは。
(…花びら?)
はっとして
後ろを振り返ると、
は思わず声を上げた。
「わぁっ…!」
賑やかに咲き乱れるものもあれば、
ひらひらと風に乗っていくもの。
それは、
見事に咲いた桜の木。
「すごい…」
風に舞う花びらのいくつかが
部屋へと入り込んでいくのを見ながら、
はうっすらと笑みを浮かべた。
そしてくるりと振り返ると、
「ありがとう。
跡部くんが教えてくれなかったら、
私この景色知らなかった!」
先ほどの拗ねるような表情とは違う、
輝かしい笑顔を跡部に向けた。
「よかったじゃねぇか」
跡部はいつものように、
鼻先でフンと、笑う。
そんな跡部の隣に、は
ふふふ、と笑って腰を下ろす。
柔らかな風に乗せられて、
ひらひらと桜の花びらが流れていく。
目の前をゆっくりと横切る
その光景を、
二人はただ静かに見ていた。
「桜…もうすぐ散っちゃうね」
がぽつりと呟く。
ふわり、ふわりと
空に舞うその命は、
儚い、一瞬だけの悦び。
「そうだな」
答える跡部も、短く返す。
「今だけひとりじめだね」
目の前に広がる
この時ばかりの景色を見て、
ゆっくりとは言葉を紡ぐ。
今だけ
ひとりじめ
誰にも邪魔されることのない、
穏やかな時間。
”ふたりじめ”かな、と
が笑って言い直した
そのタイミングで、
「……そうだな」
先ほどと変わらぬ、
跡部の返事。
それを
自分への相槌ととったは、
吹き抜ける優しい風に
気持ちよさそうに目を細めた。
つきよよし
よよしと ひとに
つげやらば
こちょうににたり
またずしもあらず
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読んで下さってありがとうございました^^
実はこの歌は跡部さんとヒロインの
どちらでやるか迷っていたのですが、
いろいろありまして(汗)結局こうなりました。
…何がしたかったのか、謎なお話に;
桜は満開に咲いているときもいいですが、
私は散りぎわも好きだったりします。
月夜よし 夜よしと人に告げやらば
こてふににたり 待たずしもあらず
<月が綺麗だ、夜が美しいと しきりにあの人に言ってやるならば、
まるで私のほうから、『来て下さい』と言っているようなものですね。
けれど、お待ちしていないわけでもないのですもの>
―――万葉集 読み人知らず
Up Date 2005.5.20
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