はじまりは突然に
君との出逢いは 必然に
BOY MEETS GIRL ―act.1―
「ふぁ・・・ふわぁーーあーあ・・・」
放課後の氷帝学園、
中等部の片隅。
大きなあくびをしながら
寝転んでいるのは、芥川慈郎。
人の声が遠くに聞こえ、
柔らかな芝生と緑のにおいが
心地いい。
木陰の下の静かなこの場所は、
彼にとって
お気に入りのお昼寝プライスだ。
うう〜〜んとのびをしながら
ぼそぼそと目をこする。
「跡部怒ってっかなー」
放課後である今、
テニス部所属の彼は
当然、部活へ出ている時間だ。
厳しいといわれる
氷帝テニス部にいながら、
彼が部活を抜け出して寝るのは
今に始まったことではない。
一瞬、腕組みをして
眉をひそめる部長の顔がよぎったが、
彼にとっては眠気が最優先。
「いいや。眠っちゃお」
そうして再び瞳を閉じようとした時、
それは突然やってきた。
「きゃあっ!?」
「へ…うわっ!」
突然視界が暗くなったかと思うと、
胸のあたりにかすかな重み。
同時に、
何かが顔に触れたような、
くすぐったい感触。
今まさに
眠りにつこうとしていたジローには、
一体何が起こったのかわからない。
おそるおそる開けた目に
飛び込んだのは、
長いまつげと、大きな瞳。
「す、すみません!
大丈夫ですか!?」
女の子が、降ってきた。
勢いよく体を起こした少女は
わずかに頬を赤らめていて、
おろおろと視線を泳がせた。
「どこか、ケガとかしてませんか!?」
体を起こすと、少女の後ろに
自分の荷物が入ったラケットリュック。
それが不自然にへこんでいることから、
彼女はそれにつまづいたのだと確信する。
それにしても
あまりにも理解しがたい出来事に、
ジローの目は完全に覚めてしまった。
「あ、あの…」
ジローの返事が無いことに、
よほど痛かったのかと
少女が顔を歪ませる。
今にも泣き出しそうな
少女に気づいて、
ジローはにっこり微笑んだ。
「ぜーんぜん!俺は、大丈夫!」
無邪気に笑うジローに
少女もようやく笑顔を見せた。
「でもでも、
何でこんなとこにいたの?」
あぐらをかいた体勢のジローが
顔だけを突き出して問うと、
少女はどこか困ったような顔をして、
「えっと…
男子テニス部の部室を
探していたんですけど…」
「男子テニス部?」
少女の思いがけない言葉に
ジローは瞳を瞬かせる。
目の前にいる少女は、とてもじゃないが
テニス部とは無縁の印象に見える。
「男テニに行きたいの?」
再び返ってきた質問に、
少女はうーんと首をかしげて
更に驚くような発言をした。
「というより、
部長さんに会えればいいんですけど…」
(跡部に会いたい!?)
次から次へと飛び出す
言葉の数々に、
ジローはパチパチと
まばたきをくり返す。
テニス部の部室を探してるだとか、
しかもそれは女テニでなく男テニだとか、
あげく『跡部を探してる』。
見るからに跡部とは
縁の遠そうな彼女が、
一体何の用なのか。
考え出したら
急にこの少女に興味がわいて、
なんだか
もう少し一緒にいたいと思った。
「なら、こっちじゃないよ」
「え?」
「今は部活中だから、
きっと皆コートにいるよ」
ジローの言葉に、
俯いて思案していた少女が
顔を上げる。
「あ…!それは、そうですよね」
一瞬、考え込んだ少女が
はにかんだように微笑む。
少女はゆっくりと立ち上がり、
スカートについた草を
ポンポン、とはらうと
『ありがとうございました』と、
立ち去ろうとした。
…が、
(……!?)
なぜか、体が前に進まない。
不思議に思って
ふと目線を下に落とすと、
少女の片手を
ジローがしっかりと握っていた。
「えっ!?あ、あの…」
思ったよりも大きく、
温かなジローの手は
少女の手を包み込んでいた。
戸惑う少女にジローは
にっこり笑って、
「一緒に行こうよ」
「え?」
「俺もこれから
行くつもりだったしさ、
だから」
一緒に行こう?
握られた手と、
有無を言わさない笑顔が
決定打だった。
「それじゃあ…」
お願いします、と
悪戯っぽく笑った少女に、
立ち上がったジローも
リュックを背負うと並んで歩き出した。
「さっき、
『行くつもりだった』って…
テニス部の方なんですか?」
目的の場所へと向かう途中、
ふと口を開いた少女の質問。
ジローは頭を掻きながら、
あっけらかんと、
「うーん…ていうか、レギュラーだしー」
「ええっ!?」
思いもよらなかった返答に
心から驚いた、
といった様子の彼女に
ひっでーなあと呟いて、ぺろっと舌を出す。
「えっ、あ、そ、そんなつもりじゃなくて、
ごめんなさい!!」
それを聞くと、
今度は慌てて謝りだす少女に
なんだかおかしくなった。
目の前でくるくると表情が変わる。
「面白いなー」
「…え?」
ジローが心の中で思ったことは、
どうやら声に出てしまったらしい。
顔を上げた少女が
ぽかんとした表情を浮かべている。
「へへっ、
なーんでもないよ」
不思議そうな顔をする
少女の前に
ジローは身を乗り出す。
「なあなあ、名前何てーの?
俺はね、ジロー。
芥川ジロー」
ある意味今さらな質問。
少女は一瞬きょとんとし、
それからふっと微笑むと口を開いた。
「です」
軽く首を傾けたの髪が、
さらさらと風になびく。
「ちゃんね!
うっし!今から俺たち友達な!」
ぐっ、と握り拳をつくって、
やっりー!と
嬉しそうに白い歯を見せるジロー。
「よろしくね、芥川君」
その無邪気な姿に
ふふふと笑ったに、
ジローの動きがぴたりと止む。
「ううん、ジローだよ」
「え…?でも…」
そう言ったにジローが近づく。
「じ、ろ、う」
の口元に
自分の人差し指を持ってきて、
一文字一文字、
ゆっくりと名を告げる。
「…ジロー、君?」
「うん、そう!!」
の口から紡ぎ出された
自分の名に
ジローはぱああっと顔を輝かせ、
うん、うん、と強く頷いている。
その仕草がなんだか可愛くて
も思わず笑みをこぼした時、
ふと、重大なことに気がついた。
「あ!ジ、ジロー君!!」
いきなり立ち止まったに
何事かとジローが振り返ると、
その大きな瞳は
心配そうに自分を見上げていた。
「さっき…本当にごめんなさい!!」
「へ?」
ぺこりと頭を下げられて、
ジローは一瞬、
何のことかと目を丸くする。
しかし申し訳なさそうにするの視線が
自分の腕のあたりを見ていると気づくと、
その事情を理解した。
「大丈夫だってー!!
全然ケガなんかしてないよ??」
テニス部である彼ならば、
腕をケガしたとあっては
それこそ大問題。
自分のせいでジローに
迷惑をかけてしまったのではと、
が必死だった。
「本当に大丈夫!?
無理してない??」
なおも心配そうに自分を見上げるを見て、
彼女を安心させようと
ジローはニッと口元をつりあげた。
「大丈夫だよ?
だって、ほら…」
「!!?」
隣を歩くの背後から腕を伸ばして、
そのままぎゅううっと抱きついた。
「ジ、ジローくん!!?」
「ちゃんこそ、
大丈夫だった?」
「!!」
ジローの方は無意識だったのだろうが、
突然耳元で話しかけられて
の顔は
ぼんっ、と赤くなる。
「大丈夫!
大丈夫だから!!」
叫ぶように問いに答えると、
前に回された
ジローの腕を振りほどこうと、
必死に力をこめているのがわかる。
けれど、当然
少女一人の力で
どうにかなるような力ではなくて。
(ホント、面白いなぁ)
そんな、わたわたと逃れようとするが可愛くて、
ジローは
抱きしめる腕をさらに強くした。
はじまりは突然に
君との出逢いは 必然に
眠れる王子様を目覚めさせたのは
空から舞い降りた
小さな 天使様
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読んで下さってありがとうございました。
ジロー君を押し倒すヒロイン^^;(違)
ジロちゃんのキャラが違うということは
私が一番よくわかってることなのですが・・・(おい)
なんだか二人とも笑ってるだけのようなお話ですね。
Up Date 2005.3.17