はじまりは突然に
君との出逢いは 必然に
BOY MEETS GIRL ―act.3―
昼まであと少しだという、
三時間目と四時間目の間の
休み時間。
多くの生徒が廊下を行きかう中、
教室の戸に張り付くようにして、
向日は中を窺う。
「よく見えねーなー」
背伸びをして、
精一杯首を伸ばしては、
時たまぴょん、ぴょんと跳び跳ねる。
頭上の表記には、『3-B』。
向日のクラスではない。
猫のように
カリカリとガラスに爪を立て、
苛立ったように下唇を噛む。
入り口を塞ぐように
立っている向日は、
明らかに進路妨害となっていることに
気づいていなかった。
「ああもう!休み時間終わっちまうぞ!」
焦った様子で廊下を見回す向日と、
少女の目が合ったのは、
一瞬。
「なあ、ちょっと!」
音楽室での授業を終えて
戻ってきたは、
今まさに
自分の教室に入ろうとしたところで
声をかけられた。
「私…ですか?」
キョロキョロと周囲を見回すが、
目の前の少年が見ているのは自分。
「そうそう。ここのクラスの奴だろ?
侑士呼んでくんねえ?」
いつもの調子で
下の名前を呼んでしまったためか、
少女はいくらか反応が遅い。
その様子にイライラしながらも、
ああ、忍足君、
と言って教室に入っていく姿を見送る。
一秒でも時間が惜しい
今の向日にとって
すぐに戻ってきたは
幸いだったけれど、
成果を聞いて、身体の力が抜けていく。
「移動教室だったから、
まだ戻ってないのかも…」
「マジかよ〜…」
授業と授業の合間の空き時間は
次の授業に備えるための時間であるから、
余裕のあるものではない。
その時間を使って
今ここに来ているのだから、
これから戻ることを考えると
もう向日に時間は残されていなかった。
「だ、大丈夫ですか…?」
教室の壁に寄りかかるようにして
がくりとうなだれる向日に、
事情はわからずとも、
も声をかける。
「俺、次英語なんだよ…
辞書借りようと思ってわざわざ来たのに、
こんな時に何でいないんだよっ…」
「は、はぁ…」
頭を抱える目の前の少年を
気の毒だとは思っても、
にもなす術がない。
時間は刻々と過ぎていくばかりで、
ゆっくりと身体を起こした向日は、
口をへの字に曲げながら
へと視線を向ける。
「侑士に伝言。
向日岳人が、『役立たず!』って」
「えっ……」
それだけ言って、
プイと顔を背けて
歩き出す向日。
彼女に罪は無いけれど、
無駄足を踏んだことで
不機嫌になってしまう。
「宍戸んとこ行くんだった…」
あの跡部が
自分の持ち物を貸してくれるとは思えない。
芥川も同じ三年だけれど、
彼に至っては問題外。
だからこそ真っ先に
相方である彼の元へ来たというのに。
「くそくそ侑士!
今度なんかあっても
ぜってー助けてやんねー!」
やり場のない感情は
何も知らない忍足へと向かい、
不機嫌度MAXで
廊下を突き進む彼を、
行き交う生徒が不思議そうに振り返る。
「待って!向日君!」
大股ながらも、
歩く速度は早くなっていく。
角を曲がればすぐ階段、
というところで
名前を呼ばれた。
「何?侑士戻ってきた!?」
聞き覚えのある声に振りかえると、
先ほどの少女がパタパタと走ってくる。
向日が立ち止まったところで、
ようやく追いついたは
返事の代わりに両手を差し出した。
「私のでよかったらっ、
あの、どうぞ…」
「へっ!?」
が胸に抱えていた、
赤い分厚い本。
すっと目の前に出されて
それが何なのか、
向日にはすぐにわかった。
「必要なんでしょう?
私は、今日はもう使わないから」
自分の持ち物から取り出して
ここまで追いかけてきたのだろうか。
小さく肩で息をしている。
次の授業で使わなければならない、
英和辞典。
貸してくれるのはとても助かるけれど、
でも。
「…ありがてーんだけどさ、
お前、これで俺が返さなかったらどうすんだよ?」
初対面の相手に
自らの私物を貸すだなんて、
普通なら考えられない。
それとも、
忍足を経由して
自分の元まで
届けてもらうつもりだったのか。
当然だと思われる向日の言葉に少女は、
わかっていました、とばかりに
含みをこめて笑う。
「大丈夫ですよ。
放課後には返してもらえますから」
「はぁ?」
放課後?
今日は別に
特別な行事はなかったと思う。
ホームルームが終わったら、
部活が――
「部活以外でも、
私で力になれることだったら」
事情の全く読めない向日と反対に、
は楽しそうにクスクスと笑う。
キーンコーン…
「あ!」
五分前の予鈴が鳴った。
の手の中の辞書と、
彼女の顔とを
交互に見やる向日。
少女は、『早く早く』、と
辞書を手にとるように促す。
半ば押し付けられるかのように
それを手にした向日だったが、
(ま…ここのクラスに来ればいいわけだしな)
と、あまり深くは考えなかった。
「なんかよくわかんねーけど、
とりあえず借りとくわ!」
予鈴を聞いて
慌てて走り出した向日は、
サンキュー!と言いながら
辞書を手にした片手を振って去っていく。
途中、階段を上ってきた生徒に
ぶつかりそうになるも、
見事にそれをかわした向日の身軽さに、
「…さすが」
と、が呟いたのを、
向日が知るはずはない。
(変な奴だったよなー)
教室まで向かいながら、
向日は思う。
(あ、そういえば)
名前を聞くのを、忘れた
どこか不思議な雰囲気を持ったあの少女に、
もう一度会いたいと思ったのに。
「…ま、これ返すときに聞けばいっか」
少女から手渡された辞書の内側には、
『 』
はじまりは突然に
君との出逢いは 必然に
この後、“放課後の部活”で
再び“マネージャー“として現れたが
向日だけに
そっと目配せをしたのは――
また、べつのおはなし。
**************************
どうもありがとうございました。
前のお話からかなり時間が空いてのがっくんです…。
自分の中のイメージをそのまま書いたら、
なんだかがっくんが自己中キャラに;
ヒロインも不思議ちゃんです。
いつもヒロインさんの方が振り回されていたので、
今回はヒロインさんが悟っているかんじにしてみました。
ヒロインさん、跡部さんは知らなくとも、
がっくんのことは知っていたようです(笑)
同級生のパートナーでしたので、名前くらいは。
わかりにくいようですがこのお話たち、一番最初のact.1から繋がっています。
全てが一日のうちに起こった出来事ではないのですが、
徐々に時間は経過しています。
Up Date 2006.7.25