はじまりは突然に
君との出逢いは 必然に
BOY MEETS GIRL ―act.5―
天気・晴れ
欠席・なし…
カリカリ…と
シャープペンシルを走らせながら、
は
日誌を記入する。
時間は放課後。
誰もいなくなった教室で
日直のは一人、
机に向かっている。
同じ日直だったもう一人は
生徒会へと出席していて、
何度も頭を下げて謝る彼を
送り出したのは、数分前。
(早く終わらせて、
部活に行かないと)
”日直の仕事があるため遅れる”
と、跡部には事前に伝えてある。
それでも、自分がいない数十分、
その時間のことを思ったら―
考えを取り払うように
ふるふると首を振り、
すらすらと文字を書く手を早めた時。
教室の戸から現れたのは、
ここにいるはずのない人物。
「なんや、頑張っとるみたいやな」
「おっ…忍足君!?」
楽しそうに笑みを浮かべながら
教室へと入ってきた忍足は、
たしか部活に行ったはず。
と、いうより、
”行っていなければならない”
「どっ、どうしたの!?部活は!?」
ガタン!と音を立てながら
立ち上がったを、
まあまあ、と忍足は静止する。
「そんな慌てんでもー」
「慌てるに決まってるでしょう!?」
時計を見れば、部活開始時刻は
とうに過ぎている。
いつもならば、この時間には
とっくにラケットを振っているはずなのに。
「監督もまだみたいやし、
ヒマやから戻って来た」
「ひ、暇って…」
席を立ったままの。
忍足はゆっくりと教室へ入り、
のいる席の
前の席へと移動する。
「跡部にはまだ会うてないし、
俺も日直やった言うたるわ」
椅子の背もたれに腕をかけ、
誰もいないその席へと横向きに腰掛けた。
「…跡部君には、すぐにバレると思う」
ぽつり、とが一言。
あの跡部を出し抜くことは、
容易ではないのはわかっている。
けれど、
「自分がなんも言わんかったら、
バレへんよ?」
おそらく真実を聞くであろう跡部に
が、
忍足の言葉を、否定しなければ。
いつも涼しげな顔の忍足が
にこー、と笑顔を見せれば、
結局折れてしまうのは
の方。
「…これが終わったら、
すぐに走っていくからね!」
日誌を両手で広げながら、
言い聞かせるように
力強く言い放つ。
“逃げないで”と
強く自分を見つめる瞳に、
忍足は苦笑した。
「…にしても、驚いたわ。
マネージャーの子が、
同じクラスの女の子やったなんて」
再び日誌の書き込みを再開する。
忍足が部活の話を持ち出したことで、
ふと、その顔を上げた。
「あんまり、話したことなかったもんね」
固かった表情が、少しだけ和らぐ。
。
授業中も、学校行事でも、
決して目立つ存在ではない少女。
賑やかな性格ではなく、
かと言って
極端に物静かなわけでもない。
忍足の周りにいるのは
派手な女子ばかりで、
クラスメイトでありながらも
彼女への認識はほとんどなかった。
「テニス好きやったん?」
「うん。するのも見るのも大好き」
「ふーん…」
「だから、部活に行くためにも
早く終わらせないと」
にこっ、と
楽しそうに話すに
忍足が返すのは、
曖昧な返事。
口元を僅かに吊り上げて
作業へ戻るとは、
明らかに対照的な自分。
思わず出た言葉は、
ふとした疑問だった。
「…なぁ、なんでそんな真面目なん?」
「マネージャーかて、雑用やん。
面倒やと思わんの?」
ただでさえ、人数の多い部活。
なのに。
シャープペンシルを持つ、
の手が止まった。
無表情の忍足の前で、
は
ゆっくりと顔を上げる。
パチリと
二人の視線が交差した。
「今、私がしてる仕事って、今まで一年生や
レギュラーじゃない人たちが
してたんでしょう?」
質問に答えることなく
話し始めたは、
忍足の前できょとんとしている。
「私がそれをすれば、その時間を
練習に当てられるんじゃないかなって
思ったの」
再び顔を落として
日誌の記入を続ける。
「せっかくテニス部で頑張ってるんだから、
みんなにたくさん練習してほしいし」
カチカチと
シャープペンシルの芯を出しながら、
表情を変えない忍足に向かって
言葉を続ける。
話をしながらも腕を動かす
とは反対に、忍足は
じっとその姿を見ていた。
本人には何の気もないのであろう、
その一言一言が、
不思議なほど自然に
自分の中へと入り込む。
「私がするのは、そのお手伝い。
だから…」
「面倒だなんて、思わないよ」
パタン…と閉じられた日誌の音で
瞬きをした忍足が見たのは、
彼が初めて見る、少女の笑顔だった。
「…なんで、気づかんかったんやろ」
毎日、毎時間、同じ空間に住んでいながら、
気に留めたことなど一度も無かった。
「忍足君?」
「自分、めっちゃ可愛ええやん」
こんなに、近くにいたのに。
はじまりは突然に
君との出逢いは 必然に
開けたことのない、宝箱
遠く忘れた、宝箱
その楔を外す
ほのかな光に
手を 伸ばして
鍵を
開けて
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関西弁が偽ですみませんでした;
何よりもまずそれが言いたい…。
彼のイメージは私の中でも色々あるのですが、
キスプリやスマヒシリーズの忍足さんが
こんなかんじの態度を取っていらしたので。
達観しているというか、なんというか…。
難しい人ですよね…。
ヒロインさんのきっかけ話(?)
次で一応、完結です。
よろしければお付き合いくださいー。
Up Date 2006.8.19