その瞬間こそが
最高のプレゼント
「ええっ!?」
コートに響いた、高い声。
休憩中ということで
ほとんどの者が身体を休めていて、
そばにいた数人が何事かと声の主を振り返る。
周囲の注目を集めたのに気づいて、
は声を潜めた。
「ジ…ジロー君って今日が誕生日だったの!?」
「うん」
目の前の少年はあっけらかんとした様子で
へろりと笑う。
「わ、私っ、知らなかっ…」
「だってー、いきなり言ったほうがビックリするじゃん?」
「…っ、ビックリしたよ!!」
ベンチにだらりと腰掛けたジローは
ニシシ、と悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「…私、何も用意してないよ…」
いきなり新事実を告げられたは、静かに息を吐いた。
知っていたならば、何日も前から準備して
その日とびきりの贈り物を用意したのに。
ジローに悪気がないのがわかるだけに、
はぁ、と、ため息がこぼれる。
そんなことを知らない当の本人は
きょとんと首をかしげている。
驚かせるつもりだったジローにしてみれば、
それは予想外の反応で。
「…俺に、何かくれるつもりだったの?」
不思議に思って、下から顔をのぞき込むと
は寂しそうな、困ったような表情を浮かべた。
「…そのつもりでした」
あくまでも無邪気なジローには
それ以外、返す言葉がなくて。
「明日になっちゃうけど、ごめんね?」
けれど、当日には間に合わなくても
必ず祝ってあげたいと思った。
せめて近いうちに
何か喜んでもらえるものを。
けれど、尋ねるように聞いたその言葉に
返事はなかった。
「えーと…ジロー君?」
下を向いて何やら首を捻るジローに
の声は聞こえていないようだった。
「どうすっかなぁ…やっぱこっちにしとこっかなぁ…」
「???」
うーん、うーん、と何度も首を傾げて、小さく呟く。
やがて、ピコーン!と頭の上にランプが点いたように
頭を上げると、ニッコリと笑った。
「ね、それ、俺がリクエストしてもい?」
「えっ?」
「誕生日!俺、ちゃんからもらいたいものある!」
ぴょん、とベンチの上に飛び乗って、
そのまま身を乗り出すジロー。
目の前まで顔が近づいて、若干腰を引かせたに向かって
キラキラと瞳を輝かせている。
「…いいよ」
そんな様子が可愛くて、ふと笑ってしまう。
ガッツポーズをしたジローは子供のようにはしゃいで
それを微笑ましく見ていただったが、
彼の次の言葉で目を丸くした。
「うっし!じゃ三つ全部聞いてね!!」
「み、みっつ!?」
思っていたよりずっと多かった数字に
何だろうと言葉がつかえる。
そんなにはお構いなしに、ジローは勢いよく
右手の人差し指を高々と上げた。
「まずひとーつ!」
「ちゃん手作りの弁当を俺に食べさせてください」
「…え?」
ポカンとあっけにとられる。
そんなに、ジローはニッコリ笑いかける。
がたまに自分で作ってくる弁当が、
ジローは好きだった。
家が忙しい彼は専ら学食か購買派で、
おかずを分けてもらうこともしばしばある。
「えっ、あの、」
「ふたーつ!」
事情の飲みこめないが
口を挟もうとするのを遮って、
二本目の指を空高く上げた。
「俺の昼寝に付き合ってください!!」
言いかけたがまたもや瞳を瞬かせた。
得意げなジローの前で
は困ったように視線を泳がせる。
それは先ほどのジローと同じ、
何かを考え込むようなしぐさで。
「……そ…」
「そんなことでいいの……?」
困惑したような、不安げな顔でジローを見た。
「…みっつ」
その質問には答えず、ジローはふんわりと笑った。
ほんわかしたジローの笑顔は
ぽかぽかとあったかくて。優しくて。
「誕生日、おめでとう、…って、言って?」
ふわん、と微笑みながら尋ねられた
『お願い』は、どこか甘えたかんじの柔らかい声。
「…!!」
その言葉には、まず何より一番大切なことを
告げていなかったとはっとした。
「…そうだよね」
ぽつ、と小さく呟いて、顔を上げる。
するとジローと目が合って、
なんだかくすぐったくて、笑いあった。
「お誕生日、おめでとう。ジロー君」
「…うん、ありがと」
へへ、と照れくさそうに笑ったジローは
他のレギュラーたちを指差して、
「俺が一番乗り!」とピースをしてみせた。
「じゃあ、明日お弁当持って来るね」
練習再開の合図がかかり、
がふとコートを見やるのと同時に
ジローはふわぁ、と欠伸を一つ。
身体を反転させたに
ゆったりとした口調で声をかけた。
「あ、急がなくてもいいよー」
「え?」
間延びした声にくるりと振り返ると、
ジローはいつものぼんやりとした目つきで。
「だってさ、一度に全部もらったら
もったいないじゃん」
「…そうなの?」
「うん、そうなの」
へへ〜、と頬を緩ませてベンチに横になるジローの瞳は
今にも閉じてしまいそうだった。
すやすやと眠り込んでしまいそうな彼を前に
頭に『?』マークを浮かべたは立ち尽くしたまま、
「…休憩、終わっちゃうよ」
ぱか…と瞳を開いたジローのつぶやきにはっとして、
「あ、そうだった!」
たたた…と慌てて仲間の輪に入る。
向かう途中でちらりと後ろを振り返れば、
何事もなかったかのように
ジローはすっかり夢の中。
無邪気な彼の“お願い”は、いたって簡単なこと。
改まって言わずとも、いつだって叶えてあげられるよ?
あたたかな春の日差しの中。
穏やかに眠る姿を見て、
(欲がないんだなぁ…)
そう、は思った。
俺にとって、何が一番なのか
君は知らない
そして
それを与えてくれるのは
他でもない
君だけなのだということも
きっと君は知らない…
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ごっめんジローちゃん!!><
書き始めて二ヶ月近くもかかってしまいました…!誕生日オメデトウ!!(でした…!)
春はもう終わってしまいました…。
なんかジローちゃんって、あんまり物欲なさそうな気がします。
その代わり、すっごく贅沢で大変なもの請うの(笑)
ここでのポイントは『作って』ではなく、『食べさせて』、です。
ジローちゃんのホンワカ笑顔は天使だと思うのです…。
Up Date 2007.6.11