チョコレートがほしいわけではない


プレゼントに憧れるわけでもない



このままそばにいられれば



ただ、それだけで









もとめるもの










たん、たん、たん…。


長い長い部室棟の階段を、
鳳は上っていた。

彼が目指す部屋は
長―い階段を最後まで上がった先にあって、
そこがテニス部の部室になっている。






2月14日。
バレンタインということで、
朝からいつもと空気が違う。

女生徒は想いを伝えるために、
男子生徒はそのときが来るのを、
意中の相手がいる者は
皆、顔に出さずとも、気が気でないという。


そんな話をクラスメイトがしていたのを、
鳳はぼんやりと聞いていた。


自分には特定の相手がいるわけではないし、
必死に伝えてくれる気持ちに応えられないのも
申し訳ないと思っていた。


その一方で、想い人からもらうチョコレートとは
どんなに素敵なのだろうと、
憧れに似た気持ちも抱いていた。



一人の人に、そこまで翻弄されてしまうほど
素晴らしい日なのか、と。




そう、思っていた。


去年までは。








(あれ、開いてる…?)



てっきり閉まっているものと思った
部室のドアは、
簡単に鳳を中に入れた。



窓の外から聞こえる声に
下を見下ろすと、見慣れた先輩が
女の子に追われているのが見えた。


もし、今日部活があったなら、
跡部や忍足は
参加などできなかったのではないだろうか。



そんな光景に苦笑を浮かべながら、
女生徒の姿にふとある人物の姿を重ねる。




自分がもしもらえるとしたなら…


あの人が、いい。




今日という日は、
鳳にとって特別な日だから。




でも彼女は、知らない。


知るわけがないのだ。そんなことは。







「あれ…?鳳、くん?」




ドアからひょっこり顔を出したのは
マネージャーのだった。



「どうしたの?
何か用があった?」




不思議そうに中へ入ってくる
鳳は言葉を濁した。


まさか、
『他の先輩方に巻き込まれないように、逃げるため』
とは言えなかった。




「え…あの、先輩こそ、
今日は部活オフですよね?」


不自然に逸らした話題に
は特に気にすることもなく、


「私?私は発注していた備品が届いたから、
中に入れておこうと思って」


よいしょ、と小さなダンボール箱を
机の上に置いた。


こうして部活のない日でも、
自分たちに不備がないように
は働いてくれている。
そう思ったら自然と言葉が口をついて出た。


「…ありがとうございます」

「え?」


きょとん、と自分を見つめる
鳳は小さく笑った。


「いえ、先輩、それで今日はもう帰るんですか?」


ふっ、と笑いながら何気なく言った言葉。

するとは、とたんに口調を焦らせた。



「え!?う、うん…そう…だけど……うん…」


「??」



何やら下を向いて考え込んでしまった。
うーんうーんと唸りながら、ぶつぶつ呟いている。

どうしたのかと様子を伺おうとすると、
ふいっと顔を上げたと目が合った。



「あの、ね…」


「はい?」



「渡したいものが…あるん、だけど…」



じっ…と控えめに尋ねるような、の瞳。



「何ですか?」


と、鳳が優しく聞き返すと、
意を決したようながその場を離れた。


何だろうと思う鳳に
やがて戻ってきたが、
小さな紙袋を差し出した。




「これ、」


「??」



静かに受け取った袋の中を見てみると、
グリーンのラッピングに
金色のリボンがついた、長方形の箱。



「いっぱい、もらってると思うけど…」



気まずそうに言うに、
暫し考えた鳳は、あっ、と声を上げた。



「で、でも俺、昨日ももらいましたよ?」


バレンタインは部活のない今日だったため、
は昨日のうちに
部員皆にチョコレートを渡していた。

鳳はそれを思い出したのだった。




「いいの!それとは、別だから…!」



そんな鳳の様子を見たも、
慌てて言葉を続ける。


が必死に言うので、
鳳もその勢いに思わず押されてしまった。



「そう…なんですか?」




わざわざ別にくれるなんて、と思いながら
そこまで言って、ああ、と納得した。

のことだから、
部員たちの中でも特に仲のいい
レギュラー陣に対しての感謝の気持ちなのだと。


何かと接点が多く、
日頃から世話を焼く自分たちには
その気持ちが大きいからではないかと。


そう、思った。



「俺、レギュラーになってよかった…」


ぎゅ、と箱を抱きしめながら、
鳳は小さく呟いた。

まさか、二つももらえるとは思ってもみなかった。


これが準レギュラーだったなら、
と気軽に話す機会すらなかったかもしれない。

思いもよらないレギュラーの特権に、
不謹慎だと思いながらも
感謝せざるを得なかった。





「レギュラー?」



鳳から出た単語に
は不思議そうに首をかしげていた。



「ええ、レギュラーだったから、
こうして先輩からもらえるわけで…」



鳳が幸せをかみ締める一方で、
はそれを聞いて
ぱちくりと瞳を瞬かせた。



「私、鳳くんにしかあげてないよ?」



「……え?」





「皆にあげたのは
いつもお世話になってるお礼の気持ち。
これは、それとは別に、鳳くんへ」



にこ、と、無邪気に笑いかけるに、
自分はどう答えればいいのだろう。



「…っ…そ……」



それは、どういう意味ですか?



そう聞こうとして、何故か口が動かなかった。

同時に、が間髪入れずに言葉を重ねる。




「それから、これも…」



トン、と胸の前に差し出されたのは、
また別の紙袋。

紺色のバッグの中に、
やはり箱が入っている。




「お誕生日おめでとう、鳳くん」



袋に気を取られていた鳳に
かかるその一言。

顔を上げると、
がニコニコと笑っている。





「知…ってたん、です、か…」





早く、礼を言わなくては。


しかし回らない

頭の、中。







チョコレートがほしいわけではない


プレゼントに憧れるわけでもない



このままそばにいられれば



ただ、それだけで
 


よかった、のに






鳳が独り言のように紡いだ言葉に
は一瞬、動きを止めて。

少しずつ頬を赤くさせながら、
恥ずかしそうに、微笑んだ。







ああ、バレンタインさん

あなたが愛の仲人だというのなら


もう一つだけ

望んでも いいですか?









望んだものは


全て手に入ったというのに






『諦められない』







かすかな光に頼って


それでも求めてしまう



この 欲深さよ















+++
鳳くんハッピーバースデー!ということで、バレンタイン&バースデードリでした。
バレンタインと誕生日の両方を絡ませたお話を書きたかったのですが、
む、難しかった…;
というか、これはヒロイン視点で書くべきだったのだ…。

氷帝学園のバレンタインは毎年すごそうです。
みんなたくさんもらうんだろうなぁ。


Up Date 2007.2.14