年上のあなたには

いつだって俺は敵わない










こんどこそ キミの負け










チッチッチッ…部屋に響く時計の秒針の音が、
耳につくくらい大きく聞こえる。

俺は椅子に座り、先ほどから目の前にいる人に向かって
視線を投げかけているのだけど、
それが返ってくることは、なくて。



にぎやかな先輩達が帰った今、
部室に残っているのは俺と先輩の二人だけ。

先輩が残った仕事を終えるのを俺は待っている。
洗濯物をたたむのや、部室の整理整頓ぐらいは一緒にしたけれど、
ズラリと並んだ部員一人一人のデータに
細かく書き出された書類をまとめるなんてことは、
さすがに俺には出来ない。



だからこうしてただ待っているのだけど、
熱心な先輩は俺に目もくれずに
黙々とペンを動かしている。



あの、正直少し、俺のことも気にかけてほしいというか…。





「先輩、」
「何ー?」
「あとどのくらいですか」
「うーん、もうちょっとなんだけどー」





問い掛ける俺に答える先輩は依然、
下を向いたままで。
その視線は一向に俺には向かない。
少しでも俺を待たせまいと、
集中してくれているのがわかる。



先に帰っていいと言った先輩に対して、
待っていると言ったのは俺。
夜道を一人で歩かせるわけにはいかないし、それに…


少しでも、一緒にいたいと思ったから。


ただでさえ二人でいられる時間は少ないのに、
せっかく出来た時間は
いつも他の先輩たちに邪魔されてしまう。



だから、今のこの状況って結構おいしいと思うんですけど…
ねぇ、先輩?








『長太郎君はとっくに帰れる時間なのに、
待たせちゃってごめんね』


今とさほど変わらない沈黙の中で、
先輩が俺にそう言ったのは数十分前。


申し訳なさそうに言う先輩に俺は笑って、

『俺は、先輩といる時間が好きなんです』

と伝えた。


…誰に頼まれたわけでもないし、
本当に俺だけがそう思っていただけなのかもしれないけど。


すると、先輩は照れたように笑って、



『でも、待っててもらえるのはすごく、嬉しい』





…そんなことを言われたら、俺だって何も言えなくなる。




つかの間の笑顔に俺が見とれるより早く、
そのやり取りを最後に
先輩は再び顔を下に向けてしまった。

ああ、今のもったいなかったな…そう思いながらも、
笑顔一つで気分の変わる俺は
とことんこの人に甘いのだと思う。


どんなに気が乗らなくても、あなたが俺にくれる一言さえあれば
俺はたちまち元気になってしまうみたいです。



敵わないなぁ…。









とはいえ、いつも主導権を握られるのは
ちょっと複雑だったりするんです。

男のプライドというか、彼氏の事情を
わかってはもらえませんか?










「…長太郎君…」
「はい?」
「………書きにくいんだけど……」


作業に集中しているのをいいことに、
俺は先輩の後ろにまわって
その身体をそっと、抱きしめてみる。


待っていると言ったのに、
俺の限界はあまりにもあっけなかったようです、すみません。


楽しげに返事をする俺とは裏腹に、先輩の口は重い。



「………」




驚いた先輩が振り返ってくれるかと思ったけれど、
そうはいかなかったらしい。


作業の邪魔してごめんなさいと思いながらも
ちょっとだけ、イジワルをしてみる。



「じゃあ、俺が代わりに先輩の手になりましょうか?」




先輩の腕に自分の腕を添えるように身を乗り出して、
まだこちらを見てはくれない彼女に尋ねてみる。






先輩が、この体勢で俺に話しかけられると弱いのを、 俺は知っていた。
最も、気づいたのは最近で、やりすぎると怒られてしまうけれど。





「もう!あとちょっとで終わるから!」





…作戦、失敗。
というより、逆効果?
口調こそ怒ってはいないものの、照れ隠しのためか
前より更に手元に集中してしまった。


怒った顔も可愛いなんて言ったら、
今度こそ本気で怒られてしまうだろうか。





ちょこちょことちょっかいを出す俺に負けじと、
口を真一文字に結んだ先輩は
淡々と作業をこなしていく。






……最終手段。






あんなこと言ってしまったけれど、
やっぱり、寂しかったです。




作業は本当にあと少しで終わりそうだった。




もう邪魔しませんから、これだけ、いいですよね?






俺の影が落ちるのに気づいたのか、
先輩が一瞬手を止めた。

もちろん俺もそれに気づいていて―
そっと、唇で、額に触れた。






「ちょっ…、長太郎君!!」





コロコロ…とペンが転がった。
真っ赤になった顔。拗ねるような瞳。





「…やっと、見てくれた」





そう言って笑う俺に、あなたは驚いた顔をして。





顔にかかる髪をすくい上げるように頬を撫ぜると、
わずかに顔が強張るのがわかった。



ゆっくりと頬を撫ぜながら、
まっすぐに俺を見る瞳を近づける。






こうして視界を遮ってしまえば、
あなたの瞳には、俺しか映らなくなるから。





強張った表情が徐々に緩んでいけば、
瞬きをするのをやめたのは、あなたの方。











ほんとはね、もう一つだけ、
試していない方法があるんです。



こんなことをするのは卑怯だと、
あなたは怒るかもしれないけれど。





でも 頬に触れただけの俺の手を拒まない時点で、
もう おあいこなんですよ?




それにあなたは、俺より先に目を瞑ってしまったから。







これからすることを受け入れてくれたら
その時はもう、今度こそ、










ゲームアンドマッチ、ですよ。















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目を通して下さってありがとうございます。
鳳くん夢企画、「一話入魂!」さまに投稿させて頂きます。

お題を初めて見た時からピンと来ていたので、自分なりの解釈で書き進めてみたのですが…
上手くお伝えできているのか、ふ、不安だ…。

主催のえびび丸様。素敵な企画をどうもありがとうございましたv


2007.2.5  written by Tsugumi Kagura