はじまりは突然に




君との出逢いは  必然に








BOY MEETS GIRL ―act.6―








一日が終わり、
陽の傾きかかった帰り道。



ぎこちない距離を保ちながら
人影がふたつ、
同じ方向へ進んでいく。


大きいほうは、足早に、
小さいほうは、
その後を追いかけるようにパタパタと。


先ほどから聞こえるのは、
終わりの見えない会話。





「怒ってる?」

「怒ってねぇよ」

「怒ってるでしょ?」

「怒ってねぇって」



「……怒ってる」

「……怒ってねぇ」




繰り返される、堂々めぐり。

振り向きもしないその背中に向かって
は言葉を投げかける。



が、正式に
テニス部のマネージャーとなったのは
昨日。


これまで普段通りだったのに、
数日前から宍戸は目を合わせてくれない。

理由が思い当たるだけに、
きちんと話を聞いてほしかった。




「黙ってるの、悪いなって思ってたよ?
でも、言ったら駄目だって言われると思って…」


「当たり前だ!」



宍戸の剣幕に、が小さく息を呑んで
足を止めた。



驚きに目を見開いた
顔を歪めるのに気づいて、
しまった、と宍戸は思う。
彼女を責める、つもりはないのに。






「…お前、わかってんのか?」




低く、小さな口調は
怒っているように聞こえたかもしれない。

すっ…と自分を見据える
宍戸の瞳の鋭さに、
は口を噤んだ。




「うちの部はただでさえ人数が多いし、
常勝校だし、練習はキツイし、
マネージャーっつーのはそういうののサポートだろ?」


実際の仕事なんて、外から見ただけではわからない。
おそらくが思うよりずっと、
忙しくて厳しい内容なのだ。




「何も知らねぇヤツからしたら
楽そうに見えんのかもしんねーけどよ」






「お前は…続けられんのかよ」






最後の方は、の顔が見れずに
視線を横に逸らした。


意地悪で言ったつもりはなかった。

今までに何人も辞めていった“マネージャー”を
宍戸は知っていたし、
仕事の量を見ればその大変さは一目瞭然。


けれど、宍戸からしてみればそれは勝手なご都合で、
辞めるくらいなら最初からしなければいいとさえ思う。


次々と入れ替わるマネージャーに心底うんざりしていた宍戸。
本気でテニスをしたい彼にとって、
中途半端な気持ちで関わろうとする人間は
迷惑以外の何物でもない。


たとえそれが、だったとしても。




「私は…」



圧倒されるような、思いもしなかった宍戸の言葉に
はぐっと言葉を飲み込んだ。

とたんに落ち着かなくなる自分を
息を吐いて整える。


そして、まっすぐに宍戸を見て
言った。




「私は、やり通せないことだったら最初からしない」



顔を上げた宍戸が
ゆっくりとを見やる。


「たしかに、今私が思っているよりずっと大変だと思うけど、でも」



「大丈夫だから」


厳しい表情で胸の内を語ったは、最後に笑みを浮かべて見せた。




「………俺は」


そんなを見て、再び眉を寄せる宍戸。
止めていた足を踏み出して、一歩を歩き出した。

先ほどよりはゆっくりとした足取りに、も肩を並ばせる。




「…俺は、中途半端なヤツは嫌いだ」


「うん」


「…口ばっかのヤツも、嫌いだ」


「うん」

「……周りに助けてもらおうなんて甘い考えの奴は、
…一番嫌いだ」


「…うん」



短く言い捨てる宍戸に、
同じようにして短く返す
それは躊躇いや迷いなどなく、はっきりと伝えられた。



宍戸の言いたいことなど、
はとうにわかっている。


それが全てを考えた上での決断だということも、
おそらく宍戸もどこかではわかっていて。



「…そーかよ」

互いに多くは口にしないけれど、何も言わなくても宍戸との間には十分だった。


プイっとばつの悪そうにそっぽを向く宍戸を見て、
は小さく笑った。


「改めまして、今日からよろしくお願いします…ふふ」


「…おう」


重苦しかった空気が変わり、元気よく話し始める

堂々と意志を告げたに、宍戸がこれ以上言うことは何もない。



けれど、宍戸があれほどまでに焦ったのは、
それでも念を押したのには、
また別の理由があって。


「部員のみんなもいい人たちばかりだし、頑張っていけそう!」


そのことを考えて憂鬱になっていた宍戸の思考が、
の不意の一言で現実に返った。


「いい…何だって?」


楽しげな様子のに嫌な予感がしつつも、
おそるおそる聞いてみる。

するとはにこーっと笑って、
宍戸が最も恐れていたことを口にし始めた。



「跡部君を探してて困ってた時に、ジロー君が助けてくれたの。
親切だよね、一緒にコートまで着いてきてくれたのよ。
跡部君はちょっと…意地悪だけど」


宍戸の脳裏に、あの悪夢のテニスコートが蘇る。


幼い頃からどうにも無防備なこの少女に
害が及ばぬよう、
今まで必死に目を光らせてきたというのに、
よりによって一番最悪な人物に
自ら会いに行ったとなればたまらない。


しかもさり気なく、ジローを下の名前で呼んでいたのは気のせいだろうか。



「向日君には貸してた辞書、返してもらったんだけど
私の顔覚えててくれたみたいで」


宍戸の顔色がみるみる青ざめていくのにも気づかず、
は続ける。



「話に聞いてた鳳くんも、とってもいい子ね」


ニコニコと楽しげによく知った名前を呼んでいく姿に、
はぁ……と長いため息が出る。


まさか二人が出会うとは夢にも思わなかった宍戸は
わざわざ鳳の株を上げていたことを今さら後悔した。
挙げ句向日とは物の貸し借りをする仲になっていたとは。



「そうそう、あとね…」


何かを思いついたようにパン!と両手を叩くに宍戸は、

(まだあるのか……)

と頭を抱える。



「忍足君って、同じクラスなんだよ!」




瞬間、宍戸の動きがピタリと止まる。



「!?知らねぇぞ、んな話!!」


ここが夕方の住宅街だということも忘れて、
思わず大声を出した。



「話す機会もなかったしね〜」


対するは宍戸の受けた衝撃などつゆ知らず、のほほんと答える。



(よりによって、しかも何で忍足…!)


跡部の前例が頭をよぎり、
宍戸はより一層頭を抱えた。




そんなことは知らないは無邪気に、
そしてどこか大人びた顔つきでふわりと笑って、


「亮ちゃんに認めてもらえるように、頑張るからね」



そう、告げた。





彼女なら、きっとうまくやっていけるのだろうと思った。



口ではどんなことを言っていようとも、彼女にもしものことがあれば
自分だって黙ってはいないのだろう。





日の落ちる帰り道。
隣で楽しそうに笑うのは、無邪気な幼馴染み。

頭を悩ませる、二つの異なる想いに戸惑いながら、
宍戸はその声を聞いていた。













はじまりは突然に






君との出逢いは  必然に












塔の上のお姫様の



最後の、砦




大事な大事な姫君に



近づくものは 容赦はしないと




その身の刃を 光らせる














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長々とお付き合いありがとうございました!
とても時間がかかってしまいましたが、
ヒロインと氷帝の方たちとの出会い編、ようやく完結です。


宍戸さんは自分にも他人にも厳しい人だと思うので、
近しい人にこそ、こういうことを言うのは当然かと。

テニスに対する気持ちと、ヒロインに対する気持ちとは
全く別なんだと思います…。
宍戸さんテニス大好きですからね。

うちのヒロインさんはわりと人を受け入れやすいですが、
彼女が絶大な信頼を寄せる宍戸さんがすぐそばでしっかり見張っているので、
この難関を突破するのはそう簡単なことではないかと…。


…最後の蛇足のせいでとてつもなく長いお話に…;
最初真面目に書くつもりだったのに、
そのまま終わらなかったんですよね…。




Up Date 2007.8.8