あなたのことが
大好きで 大好きで
力いっぱい
気持ちを伝える方法は ないかな?
ネクタイ
朝露の湿った空気に、緑のにおい。
まだ早朝の住宅街はとても静かで、
こんな時間に歩いているのは、自分だけ。
朝練の時間よりも早くコートに行って、
誰より先に身体を動かすのは
宍戸の日課。
あいにく今日は
昨日からのコート整備で、
午後になるまでコートは使えない。
それでもこの時間に学校に向かってしまうのは、
やはりいつもの習慣なのだった。
通いなれた通学路を歩いて、
ふと、足が止まる。
明かりは消え、カーテンも閉められたままの
静かな家。
彼女はもう起きているだろうか。
それとも、久々に許された時間の中で
いまだ夢の中にいるのだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えていると、
耳を澄ませれば中から小さな物音がする。
ドキリとして思わず顔を強張らせた時、
玄関の扉が開いて、出てきた人物は
宍戸を見るなり驚いたように目を丸くして。
それから、笑った。
「おはよう!亮ちゃん!」
ぱあっと花でも咲いたかのような笑顔に、
軽やかな、声。
今まさに考えていた人物が現れたのには、
宍戸も驚いた。
数段しかない、玄関前の階段を
たたたっとが降りてくる。
「よう。朝練でもねーのに、
なんでそんな早いんだよ?」
茶化すような宍戸の口調に、
一瞬動きを止めたは
彼を見て悪戯っぽく笑う。
「亮ちゃんこそ、寝ててもいい時間なのに」
クスクスと笑いながら、
どうして?と聞いてくる。
「…いつものクセだよ」
「私も、おんなじ」
えへへ、と笑みをこぼしたが
宍戸の隣にまわりこむ。
「それでね、これ」
横で歩いているが、
カバンの中からそっと包みを取り出した。
その角ばった箱を持ったは
宍戸の正面へと移動し、
箱を持った両手を差し出した。
「誕生日おめでとう、亮ちゃん」
すっと目の前に出された
ブルーの包装紙に、銀色のリボン。
宍戸が手を伸ばすと、
がその手のひらの上に
とん、と箱を置いた。
「…サンキュ」
受け取った宍戸は、
にこにこ、と微笑むの頭を
ついクシャクシャと撫でてしまう。
小さな子供にするかのようなそれにも、
は照れたようにはにかむだけで。
「あのね、今年もちゃんとケーキあるから!
学校が終わったら誕生日パーティーだからね!」
誕生日を迎えるのは宍戸だというのに、
は嬉しそうに話す。
宍戸の誕生日には、毎年はプレゼントをくれて、
手作りのバースデーケーキを作ってくれるのだ。
本人より楽しそうなを宍戸は毎年目にしていて、
「楽しみにしてる」
と言えば、
それだけで彼女はとびきりの笑顔をくれる。
そんなことを話していれば、
学校まではあっという間で。
朝練が始まる前は当然、部室には鍵がかかっている。
三つある鍵のうち、一つは職員室にあるスペアキー。
残る二つのうち一つは跡部が、
そしてもう一つはが持っていた。
「俺、荷物だけ置いてくる」
と言う宍戸に、が部室の鍵を開けた。
が毎日掃除をしている部室は、
とてもきれいに整頓されている。
宍戸は、肩のラケットバッグを下ろして
自分のロッカーを開けた。
「ねえ、亮ちゃん」
「あー?」
後ろから名を呼ばれて
ごそごそとロッカーを漁る宍戸は
振り返ることができない。
宍戸の場合、授業に必要な道具も
まとめてバッグに入れたりしていることがあるから、
こういった分別が必要だった。
適当に荷物を押し込んで鍵を掛けると、
中で荷物が崩れてガタンと音がした。
「何だよ?」
向けられた視線に気づいて声をかけると、
がぴくりと肩を動かす。
「あの…ね」
目を逸らし、ぎこちない微笑を浮かべる。
訝しげに眉をひそめはじめる宍戸の前に、
後ろ手にあった両手を伸ばす。
その手の上に、
薄い、長方形の箱がひとつ。
「はい、これ」
ほんの数十分ほど前に見た光景に
よく、似ている。
ただ、きれいなラッピングはなくて、
リボンなんて巻かれていなくて。
「…何だよ、コレ…」
箱に入ったままの、
ネクタイだった。
「誕生日プレゼント、です」
「はぁ?」
ますます顔をしかめる宍戸に、
そう付け加える。
けれど、このネクタイに宍戸は見覚えがあった。
「なら、さっきもらったし。
お前、俺を優等生にさせる気かよ…」
のその言葉を聞いたとたん、
しかめ面の宍戸は
不機嫌そうに目を背ける。
の差し出したのは、
氷帝の指定ネクタイだった。
「ほら、亮ちゃんネクタイ無くしちゃったって言ってたでしょ?」
いつも面倒くさがってネクタイをしない宍戸は、
ズボンのポケットかカバンの中に
それを押し込んでしまうことがしばしば。
そうしているうちにどこかへ無くしてしまったのだと
に話したことがある。
そんなことをわざわざ覚えていて、
誕生日のプレゼントにあげるのだと目の前の少女は言う。
「あのなぁ…」
の突飛な行動には慣れていたつもりだったけれど、
まさか制服を贈られるとは思っていなかった。
自分はこういったものをキッチリ着こなす性分ではないし、
あまりいい気がしない。
面倒くさそうに、心底嫌そうな顔で
渋々それを手にとった宍戸は、「どうも」と
そのままカバンを開ける。
このままでは、なんとなく嫌な予感がした。
「ちょっ、ちょっと待って」
その手を遮ったのは。
「もらって…くれるんだよね?だったら、」
いま、むすんであげるね?
(げっ…)
嫌な予感は的中し、
だめ?とが問いかけてくる。
懇願するようでいて、断りきれない雰囲気をかもし出すのは
こういったときの彼女の得意技。
いつも、いつも、
宍戸はそれに流されてしまう。
「…別に、お前にしてもらわなくても、」
「亮ちゃん上手く結べないでしょ?」
普段からしてないんだもん、結び方わかる?と言われ、
言葉につまる。
(…ああ、クソッ)
がしがしと頭を掻いて、
ばん!とロッカーの戸に手を叩きつけて、
がくりと頭を下げる。
その音に驚きながらも小さくは笑って、
箱に入れられたネクタイを取り出した。
「はい、そこ立ってね」
言われるままに立たされた宍戸は、
の手が首の後ろに回るのに
思わず息を呑んだ。
「…あんま、締めんなよなっ」
そんなことに気づかれたくなくて、
つい荒くなった口調にも
は気にすることなく手を動かす。
「……ほんとはね」
ネクタイの長さを調節しながら、
が静かに話し出した。
「朝練とか関係なくて…今日、本当は、
亮ちゃんに会いたかったから早く家を出たの」
亮ちゃんなら、
いるかなって思って。
「昨日家に帰ってからも、ずっと思ってた。
今何してるんだろう?、早く明日にならないかなー、って」
一回、二回…クルクルと巻きながら、
結び目を作っていく。
「会ったばっかりなのにね。
だめだなぁ…私」
えへへ、と照れたようには、宍戸に笑いかけた。
「……っ!!」
次から次へと出てくるセリフの数々に、
黙って耐えていた宍戸は
徐々にこらえきれなくなった。
「それで、私…
って、あ、あれっ?」
ぐいーっとネクタイが妙な方向に伸びたことで、
は話を止めた。
目の前でしっかりと立っているはずの宍戸は、
背の後ろの壁に寄りかかりながら
片手で顔面を覆っている。
「ど、どうかした…?」
するりとネクタイが手から抜けて
空いた両手を宍戸へと伸ばしかけたとき、
「お前っ……、もう、喋んな…!!」
「え?」
顔に触れるか触れないか、のところで手が止まった。
ぱちくりと瞳を瞬かせて
不思議そうに宍戸を見ると、
その顔が耳まで真っ赤になっていることに気づいたは、
「……はい」
くすっ、と笑って、
ぎゅうーっと、抱きついた。
大好きなあなたは
不器用で優しい、照れ屋さん。
でも、
次に続きを言う時は
ちゃんと目を見て聞いてくれますか?
私も、ちゃんと言葉にして
伝えたい、のです
+++++++++++++++++++++++++++++++++
宍戸さんハッピーバースデーv生まれてきてくれてありがとう!
…私じゃハッピーにしてあげられなくてごめんね…!
「宍戸さんのことが大好きなヒロイン」を書こうとして撃沈;
なんだろうコレ…意味がわからない…無駄に長いし、
ヒロインさん視点のような、宍戸さん視点のような微妙なお話;
ネクタイを相手にあげるのには、「あなたに首ったけ!」という意味があるそうなので、
それをやりたかったんだけどな…。
でもそんなこと口に出しては言えないから、行動で、みたいな…。
なんというか…いつもうちのヒロインさんは想われてばっかりなので、
亮ちゃん大好きー!というのを書きたかったのに…。
というか、この後二人(主に宍戸さん)はどーなっちゃったんでしょう(聞かれても)
さらに大変なことになったとは思うけど、私はこれ以上は想像ができないよ。
今回は二人だけの誕生日にしちゃいましたけど、
氷帝メンバー全員でお誕生日パーティーとかでも楽しそうです。
Up Date 2006.9.29