君にとっては なんでもないことでも
俺にとっては とても重要な こと
トリック オア トリート?
10月31日。
一年で一回だけ来る10月最後の日。
日本人は何の気なく過ごしてしまうけれど、
海を越えた国では、とてもとても大切な日。
その日を、ジローは知っていた。
「ちゃん見っけ!」
バン!と勢いよく開いたドアの音に、
座って洗濯物をたたんでいたはビクリと肩を震わせた。
にこにこーと満面の笑みで近づいてくる
声の主に、思わず身構える。
何をするかわからない、常に行動の読めないその人物は、
そのままトコトコ歩いてくると口を開いた。
「ちゃんにさ、すっげー聞きたいことあるんだ!」
キラキラと瞳を輝かせて、身を乗り出すジロー。
彼がこんな時は、何かに心を奪われている時。
作業をする手を休めずに、もクスクス笑いながら聞き返す。
「うん。何?」
「聞きたいっつーか、おねがい?」
「うん??」
ジローの声を聞きながら、は少し考える。
なんだか話が進まない。
「あのねあのね、これ知ってる?」
独特のテンポで話すジローに
目を合わせようとすると、
視界に指が飛びこんできた。
「トリックオアトリート!」
びしっ!と人差し指を
の顔面にまで近づけながら、
その後ろのジローは言い放つ。
固まるに向かって得意げに、
「お菓子くれなきゃ…
イタズラするぞー!」
ぱちくり、と言葉を失ったが驚いたのは
ジローの言ったことがわからなかったわけでなく、
突然目の前に現れた指だった。
そしてそんなことを言い出したジローの言葉と、
今日の日付を思い出す。
無邪気なジローの言葉の意味を悟ったは、
クスリと笑って自分のカバンに手を伸ばした。
「お菓子くれんの??」
横からすいっと顔を出し、
ジローが下から覗き込むような格好で
自分を見る。
それはどこか小さい子どものようで、
そのままコテンと眠ってしまいそうなジローに
苦笑しながらが言う。
「いたずらされちゃったら、大変だもの」
たしか、先日同じようにねだられて
開けたばかりのキャラメルが、
まだいくつかあったと思う。
(あれ…?)
ごそごそと中を探るも、
「たしか」内ポケットに入れていたと思った
目的のものは、どうしたことか見つかる気配がない。
キャンディーの一つくらいは…
そう思って制服のポケットを見ても、
あるのはハンカチとティッシュぐらいだった。
「ちゃーん?」
徐々にしびれを切らしたジローが
訝しげに声をかけてくる。
「えっと…ない…みたい…」
うっ、と窮地に立たされたは
思わず素直に答えてしまう。
「じゃあ…」
「あ!待って!」
もしかして、と更にカバンの口を開けると、
手に触れた感触に覚えがあって
はそれを取り出した。
「これじゃダメかな?」
口に広がるのは爽快な味の…
”ミントガム”
「それはお菓子に入んないよ!」
がそれを差し出した瞬間、
ジローは口を尖らせて叫んだ。
「えっ、でもこれガムよ?」
「スースーするから、俺好きじゃねぇもん」
「え…え〜っ?」
むー、と頬を膨らませたジローは、
それを”お菓子”とは認めなかった。
「お菓子くれなかったから、
ちゃんの負けっ!」
いつから勝ち負けになったのか、
次の瞬間、困り顔のに向かって
ジローが手を伸ばした。
何かと身体をすくませるに
ジローはにこーと笑って、
こちょこちょこちょ…
ソファーに座っていて
身動きの取れないを、
こちょこちょとくすぐっていく。
「やめて!やめっ…」
「お菓子くれなかったちゃんがわるい。
コチョコチョ攻撃だーー!!」
「ちょっと…もー!!」
どうすることもできないは、
芦をパタパタと動かして精一杯の抵抗を試みる。
けれどそれよりも身体中がくすぐったくて、
笑い声が止められない。
「やだっ…くるし…」
「降参?こうさんする?」
「こうさん…ですっ…!」
ようやく解放されたは、
息も絶え絶えに肩を上下に動かした。
「死んじゃうかと思った…」
息を整えながら、ソファーを直す。
「マジ!?そしたら俺生きていけないよ!」
その発言に、当のジローは
ぎゅうっとに抱きつくが、
「ジロー君のせいでしょう〜〜」
恨めしげに自分を見るの視線に、
あっ、そうかと頭を掻く。
わりーわりーと言いながら
全く悪びれていないその様子に、
の中にふと疑問が沸いた。
「ねぇ、ジロー君」
「なにー?」
「Trick or treat?」
ぴっ、と人差し指を前に出すしぐさは、
少し前にジローがにしたのと同じもの。
先ほどと逆にパチパチと瞳を瞬かせるジローに、
は不思議そうに問い掛けた。
「お菓子、持ってないの?」
人にねだっているのだから、
てっきり持っているものと思ったのに。
「さっき、ちゃんがくれてたら、
俺もそれをあげられたんだけどね〜」
俺すぐ食べちゃうからさー
と言うジローの言い分はごもっとも。
「そっか。どうしようかな…」
最後の方は独り言に近く、
は俯いてうーんと考え出した。
わけのわからないジローは
どうしたのかと顔を近づければ、
それに気づいたと視線が合った。
何かを思いついたように
そのまま顔を上げたは、
ふっと笑って、
ちゅっ。
ジローの頬に、祝福を一つ。
「まっ…、ちゃん!?」
固まるジローに、は表情を変えない。
一瞬、何が起きたのかわからなかったけれど、
この感触はまさか。
「びっくり…した?」
静かに、どこか不安げには問い掛ける。
「びっ…ビックリした!マジマジビックリした!!
うわーうわー!なにっ!?どうしたの!?」
硬直が解けたジローは、まだ感触のある頬を押さえながら
一気に騒ぎ立てた。
だって、まさかあのが。
半ばパニック状態に陥っているジローの横で、
その台詞を聞いたはにっこりと笑った。
「よかったー」
「へっ?」
「イタズラ、大成功♪」
両手を胸の前で合わせ、
やったね、と楽しげに小首をかしげる。
「…い、イタズラ…?」
「うん。いつもイタズラされてるから、おかえし」
びっくりしたでしょ?と、
無邪気に笑いかける少女の問いに、
「うん…」
ジローは、
熱さの残る頬を押さえながら、
力なく頷いた。
Trick or Treat?
どっちか選んでよ?
仕掛けられたのは、
あまーーい”お菓子”か、”イタズラ”か。
せっかくの君からのキス
それを 「イタズラ」だなんて
簡単に言わないでほしい
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Trick or treating!
な…んか、ジロちゃんが、かっ、かわいそ…?(誰のせいだ)
この作品は、「無邪気な君へ」のお題の、
「悪意無きイタズラ」でもあるのですが…
悪意…というより、その気無きイタズラというかんじですね。
こあくま…こあくま…なの、か?
あとジローちゃんって、甘くないお菓子は、「こんなのお菓子じゃない!」
って言いそうな気がします(笑)
そして喋り方。難しいですね…。
ニュアンスで捉えているところがあるのですが、
ジローちゃんはちょっと不思議な子だと思っております。
Up Date 2006.10.31